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The Game Changer

試合の流れを一気に変える人--ゲームチェンジャー。物事の流れを根底から覆し、人々の暮らしや社会、企業活動などに変革をもたらす……。
歴史のダイナミズムとは、そのようなゲームチェンジャーたちによる挑戦の結果によるものかもしれません。
現代社会を揺り動かすゲームチェンジャーとはどのような人たちなのか。
変革をもたらす視点、独自の手法、ゴール設定、モチベーションをいかに維持するか等々、変革に挑戦した者だけが語ることができる物語を紹介します。

2019年4月2日

第10回
動物写真家 岩合光昭氏

映画「ねことじいちゃん」で初監督
ネコを被写体にスチールからVTR、そして映画へ

街角で見かける野良ネコあるいは飼いネコ。警戒心が強くて、なかなか寄ってきてくれないが、寄ってきて撫でさせてくれたネコには思わず“いい子だねぇ~”とか“カワイイねぇ~”と言っている自分に気づいてしまう。しかも動物写真家の岩合光昭氏の口真似で……。そんな体験をした人は少なくないだろう。NHK・BSプレミアムで放送中の「岩合光昭の世界ネコ歩き」が好評だ。岩合氏のネコの写真展にはたくさんのネコ好きが詰めかける。そして、岩合氏の「ネコワールド」は映画でも展開されることになった。またネコ好きが増えることになりそうだ。

イタリアやトルコをはじめ、世界中のネコを撮影

――NHK・BSプレミアムで放送中の「岩合光昭の世界ネコ歩き」が好評です。放送開始から8年目になるそうですね。

岩合 NHK・BSプレミアムでは、動物の番組をたくさん制作しました。その縁でプロデューサーから「東京のネコを撮影してほしい」という依頼があったのが最初です。当初は「番組と番組の間に挟み込む、2~3分程度の映像を4~5本撮影してほしい」というオファーでした。6日間かけて、東京のネコを撮影して放送しました。
 放送後、ディレクターから「視聴者から2~3分の“ミニではなくて、本放送はいつですか”という問い合わせがきている」と。「じゃあ東京じゃなく世界のネコを撮影しましょう」と提案したのがきっかけです。
 最初はギリシャ、トルコ、イタリアの3カ所。その3本を放送したら、視聴者から「次はいつですか?」と。それで続いているわけですが、私自身、ここまで続くとは思っていませんでした。

――ネコに向かって、“いい子だねぇ~”“カワイイねぇ~”という岩合さんの言葉がお馴染みになりました。「世界ネコ歩き」が続いている理由は何だと思いますか。

岩合 ここまで続いているのは、もちろんネコ好きの視聴者が多いのもあるでしょうけど、実は一緒に暮らすネコが「世界ネコ歩き」を気に入っているらしいんです。SNSには「世界ネコ歩き」を見ているネコの写真や動画がたくさんアップされています。テレビに向かってネコパンチを繰り出したり、画面からフレームアウトしたネコを追いかけて、テレビの裏側に回り込んだり。そういう熱心なネコの視聴者に支持されているから、とも言えますね。


© Mitsuaki Iwago

――「世界ネコ歩き」で印象に残っているネコはいますか。

岩合 イタリアのシチリアで撮影したネコ、ドメニコという名前ですが、「世界ネコ歩き」の撮影の2年ほど前に写真撮影で訪れた時に、カフェのある街角で出会いました。「世界ネコ歩き」ではそのドメニコを撮影したいと思っていたのですが、現地のコーディネーターが探してもドメニコは見つからない。最初に出会った時はすでに高齢でしたから、そういうこともあるかなとあきらめました。撮影の1週間前にディレクターがロケハンに行ったら、どうもドメニコに似たネコがいるというので写真を送ってくれました。それを見て喜びましたね。写っているのはドメニコだっだのです。
 イタリアでは野良ネコのことを“自由ネコ”と言います。ドメニコも、カフェ周辺ではドメニコですが、魚屋さんの辺りではマルコ、また別のところではトム。行く先々で違う名前で呼ばれていたのです。撮影の日は、ドメニコをカフェの前で3時間待ちました。ドメニコは最初に魚屋で魚をもらい、肉屋で肉の切れ端をもらってカフェにやってくるんです。ちゃんと順番になっているんですね。
 映像は使いませんでしたが、鳩を襲うシーンもあるんです。その後、ドメニコは市庁舎前の広場を横切って教会に入っていく。追いかけていくと、鳩を襲ったのを悔いているのか、懺悔室の前に座っていました。ちょうどその時に神父さんがやってきて、ドメニコをニコニコして見ている。狙ってもなかなかそんなシーンは撮れません。

ガラパゴス諸島で大自然に触れ、写真家をめざす

――思い通りにならない動物を被写体にするのは大変ですね。そもそも岩合さんが動物写真家になることを決めたのはガラパゴス諸島を撮影で訪れた時だそうですね。

岩合 実は動物写真家になるつもりはなかったんです。あえていえば、自然写真家ですね。中高生の頃は、夏休みなどに、父(動物写真家の岩合徳光氏)の荷物持ちで撮影旅行についていきました。ガラパゴスも父の撮影に同行したのですが、そこで自然を目の前にして衝撃を受けました。そこからですね、本格的に自然を被写体とするようになったのは。
 東京生まれの東京育ちで、オシャレなものに憧れましたし、女性やファッション雑誌の写真を撮影したかった。写真家の立木義浩さんからは「オヤジに言いつけるぞ」とからかわれましたが。
 だから日本を出る時は、ガラパゴスからの帰りにロサンゼルスやサンフランシスコに寄るのが楽しみでした。でもガラパゴスに行ってしまうと、楽しみだった大都会は、ただ人が多くゴミゴミした印象しかありませんでした。ガラパゴスではイグアナがあちこちに当たり前のようにいますし、今は禁止されていますけど、営巣中の海鳥も人を恐れないので近寄れる。泳いでいて誰かに肩を叩かれて、振り返ったらアシカだったり。そうした自然に圧倒されてしまったんです。


© Mitsuaki Iwago

――写真はお父様から教えられたのですか。

岩合 父はカメラの使い方は教えてくれませんでした。師匠はもっぱら父の助手の方です。家には写真集がたくさんあって、それを見て育ったので写真を仕事にするだろうとは思っていました。当時、よく眺めていた写真集は戦場の報道写真、ヌード、ネコの3つ。コピーライターの糸井重里さんに「要は全部、ハダカということですね」と言われました(笑)。戦場は裸の人間性が出ますからね。
 影響を受けたのは、1970年代に出版されたエルンスト・ハースの『ザ・クリエイション 天地創造』です。“光の魔術師”と呼ばれたハースが、聖書の天地創造に倣って自然を撮影し、最後に人間の男女が登場する写真集です。その写真集を2冊買い、1冊はバラバラにしてすべての写真を壁に貼り、「これなら撮れる」と思ったらはがしていきました。結局、最後まで3枚の写真が残りましたが……。
 ある日、写真家になろうと父にポジフィルムを見せたら、何も言わずにハサミで切り刻んでいく。「なんで?」と聞くと「見せる写真にはなっていない」。写真雑誌の編集長は、「目は大丈夫か?」と聞くので「なぜですか?」と聞くと「ピントが合っていない」と。父が亡くなる直前に私に、「俺はお前に何も教えなかったことが誇りだ」と言っていました。我がオヤジながらちょっといいこと言うな、と嬉しかったですね。それでも動物写真家として一本立ちし、地球のアチコチを旅しました。今もそれは変わらないのですが。

初の監督作品「ねことじいちゃん」が公開

――2月22日、ニャン・ニャン・ニャンの日に初の監督作品「ねことじいちゃん」が公開されました。

岩合 映画はやってみたくて話はあったのですが、その映画会社がなくなってしまい、チャンスがありませんでした。今回引き受けたのは、ねこまきさん原作の漫画が、ネコの撮影で訪れたことのある佐久島と同じ三河湾にある島だったことが大きいですね。
 佐久島に初めて撮影に行ったときのことです。ネコはいるけど家に人がいない、何軒訪ねても人がいないのです。後でわかったのですが、その日はアサリ漁の解禁日で、島の人のほとんどが海に行っていたのだそうです。そういう強い印象があった島を舞台にしたかった。オファーが来たときは、“少し考えさせてください”と答えましたが、佐久島を思い出して、黒塀の集落をネコとじいちゃんが歩いている姿がありありと思い浮かんだんです。“あぁ、僕はもう引き受けることを決めているのだな”と。その佐久島を映画の舞台にしました。

 主人公の「じいちゃん」大吉さんは立川志の輔さんと決めていました。以前お会いして食事をしたときに、まじめで学校の先生みたいな人だなという印象がありました。「じいちゃん」は元校長先生という設定ですから、志の輔さんしか思い浮かびませんでした。プロデューサーからは、「忙しい人だからダメだと思いますよ。NHKの番組も持っているし、地方の寄席もあるのでムリ!」と言われましたが、「師匠に出てもらえないなら映画はやめる」と口説き落として出演してもらいました。

――普段のスチール写真撮影、あるいは「世界ネコ歩き」と違って、映画はスタッフが大所帯になります。初監督で苦労されたことは。

岩合 たくさんのスタッフを動かすこと、同時に細かいことまで判断を求められ指示を出さなければならないことですね。
 例えば食卓の上の箸を置く位置まで「監督、ここでいいですか?」とか聞いてくるのです。映画では。奥さんを亡くした大吉さんが島の食材を使って料理する、という設定ですから、料理にはこだわりました。例えば味噌汁。フードスタイリストの飯島奈美さんがシーンに合わせて湯気の出方にまで心配りをして温めておいてくれるなど、非常に綿密に準備されるのです。スタッフは普段は3食ロケ弁当なのですが、飯島さんが来るときは撮影用も含めておいしい食事を作ってくれるので、皆心待ちにしていました。
 もう一方の主人公はネコの「タマ」。動物プロダクションのネコで「ベーコン」といいます。このベーコンが何事にも動じなく、堂々としていました。ネコですから脚本通りにはやってくれないだろうな、と半ば思っていましたが、動物プロダクションの社長が僕の思いに寄り添ってくれ、驚くくらいがんばってくれました。


© Mitsuaki Iwago

ネコ好きの俳優さんが結集。ネコの自然な“演技”にも注目

――立川志の輔さんは初の映画主演ですね。しかし脇を固める俳優さんたちは、小林薫さん、田中裕子さんなど名優がズラリ。

岩合 撮影で幸いだったのは、皆さんネコ好きということ。小林薫さんは映画の中ではネコ嫌いの漁師の役ですから、演技中はそっけない。でも撮影が終了間際になると、そっとネコを抱いたりしていました。大吉さんの妻のよしえさんを演じた田中裕子さん。病床にあるよしえさんのそばにタマが寄っていくシーンでは、モニター越しに見る田中さんの目は本当に死期が迫っているという目なのです。大女優と言われ、私は「おしん」も見たことがないのですが、その役になり切った演技には鳥肌が立つのを覚えました。
 小林薫さん。巌さんというネコ嫌いの役です。ネコとの良いシーンのあと、「抱いた写真を撮っていいですか」と聞いたら、言下に「ダメ」と(笑)。ネコ嫌いという設定なのだからと、恥ずかしそうに拒否されました。ネコに合わせて小林さんがとっさにアドリブを入れてくれたシーンがあるのですが、もし小林さんの真に迫った、そして何気ないその台詞がなかったら、そのシーンは使えなかったかもしれません。


© 2018「ねことじいちゃん」製作委員会

 ネコに演技をつけるなんてことは不可能ですが、ベーコンはそのシーンに合った動きをしてくれ、また彼がある行動をしたことで、そのシーンにより深みが出たり……。最初は俳優さんたちから「ネコが演技できるの?」と言われて、「大丈夫です」と根拠もなく笑っていましたが、俳優さんたちが驚くほど「タマ」が自然な“演技”をしてくれました。ぜひ皆さんにも楽しんでもらい、ネコ好きになってほしいと思っています。

――「次の映画はいつですか」と聞かれるのでは?

岩合 今は公開されてほっとしているし、苦労もあったので何も考えられないですね。
 でも妻に言われました、「映画もお産と一緒ね」と。そのココロは、「産みの苦しみは本当に大変だけど、しばらくするとまた子どもが欲しくなるものだ」ということらしい。
 確かにそんな気がしてくるかもしれませんね。

プロフィール
岩合光昭(いわごう・みつあき)氏
動物写真家

1950年東京生まれ。父は動物写真家の岩合徳光氏。大学在学中、動物写真家としての活動を開始。「ほとんど日本にいなかった」というほど旅に明け暮れる。1982年~84年はアフリカ・セレンゲティ国立公園に家族とともに滞在。その時に撮影した野生動物の写真を写真集『おきて』としてまとめ世界的なベストセラーに。VTR撮影は1989年から。NHK・BSプレミアムでは、様々な動物をハイビジョンで撮影した番組を放映。北極圏のホッキョクグマ、野生のジャイアントパンダなどを美しい映像で紹介した。2012年から「岩合光昭の世界ネコ歩き」の放送開始。ネコに関する著作や写真集は『ねこ』『ねこ歩き』や津軽の農家のネコを定点観測し続けた『コトラ、母になる』など数多い。映画「ねことじいちゃん」に登場するネコは35匹。映画に登場する赤ちゃんの「タマ」は、その後岩合家の「タマ」になった。

(撮影:清水タケシ)
【監修:株式会社日経BPコンサルティング】
記事中の意見・見解はNECフィールディング株式会社のそれとは必ずしも合致するものではありません。

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