2016年6月15日
第1回
ロボットクリエーター
高橋智隆
日常生活や社会に変革をもたらす人型ロボットの衝撃
国際宇宙ステーション(ISS)の無重力空間で若田光一宇宙飛行士と会話して大きな話題となった「KIROBO(キロボ)」、毎週発売される雑誌付属のパーツを組み立てて、簡単に作れる「ロビ」。いずれも二本足歩行の人型ロボットの設計・開発で知られるロボットクリエイターの高橋智隆氏が手がけたロボットだ。この5月に発売したばかりのロボット型モバイル電話「RoBoHoN(ロボホン)」の狙いも含めて、ロボ・ガレージ代表取締役社長で東京大学先端技術研究センター特任准教授のロボットクリエイター、高橋智隆氏に、人型ロボットの設計・開発にかける想いや展望を聞いた。
原点は鉄腕アトムを読んでロボットを作りたいと思ったこと
――人型ロボット(ヒューマノイド)を開発されていますが、その理由をお聞かせください。
小さい頃に『鉄腕アトム』を読んで、ロボットを作りたいと思ったのが原点です。人型ロボットが好きなのは、そこに愛着を感じたり、感情移入できたりと、コミュニケーションにとって大切な要素だと思うからです。そうすると、力持ちだったり、俊敏であったりする必要はなく、小型でよいと考え始めたのです。
小型化には2つのメリットがあって、ひとつは安全性の問題。誤動作しても、物理的な被害は発生しません。もうひとつは大きいと馬鹿っぽく見えることです(笑)。等身大で作ると、どうしても一人前の働きや知性をロボットに期待してしまいます。そしてそれがかなわないと、ロボットに対してマイナスの評価を持ってしまいます。
けれども、小さいと最初から期待値が低いので、小さい割にはすごいと加点法で評価してもらえるのです。
――人工知能(AI)が囲碁のチャンピオンに勝ったことから、ロボットやAIが人間を超える日がやってくるという意見があります。
AIの方が人間より賢いと思う人がいますが、実はそうではありません。
囲碁など、人間が難しいと思っていることは、生物としての進化の中では比較的最近取り組み始めたものです。一方で、簡単だと思っていることは進化の初期に取り込まれたもので、本当はとても難しいことです。
ですから、囲碁をしたり画像を認識したりすることよりも、ご飯を茶碗によそうなどの当たり前の動きの方がはるかに難しいのです。それが理解されずに、ロボットやAIへの過剰な期待が生まれる中で、例えば他社製の人型ロボットを見てがっかりする人がいます。それに対して、「ロボットはこんなもんなので、諦めてください」ではなく、なるべく期待に沿える形でロボットを具現化していきたいと考えています。
プラットフォームを作り、そこに様々なアプリを呼び寄せる
――ロボットの具現化としては、どんなやり方を考えているのでしょうか。
AIがチェスや囲碁で人間に勝ったのは、AIに取り組む企業が勝てそうな分野を選んでやっているからです。ロボットも部分的にはAIを活用しますが、足りない部分は人が遠隔操作したり、プログラムを入れ込んだりして、全体では知的にふるまっているように見せる仕組みが必要です。そこにデザイン的な要素とビジネス的な要素を入れ込んで、人々の期待に近づけていくのです。
もっとも、ビジネスセンスがあってプロモーションがうまい人は技術がない。逆に技術を持っている人はビジネスセンスがない。昔のスティーブ・ジョブズ、今であれば、テスラモーターズのイーロン・マスクはその両方が理解できる希有な例なんだと思います。加えて時の運みたいなものも必要です。
――方法論が必要になってくるということですね。
それがイノベーションであり、ゲームチェンジャーとは新たな仕組みを作る人のことです。しかし、日本はそれが得意ではないように感じます。
実は、コンテンツが大事と言い始めた時からおかしくなりました。コンテンツはゲームチェンジャーが作った仕組みの中のものであって、消費されたら終わりです。はやりすたりに関係なく、場を仕切り、お金が入り続けるのは仕組みを作った人のところです。日本発であるとすれば、任天堂のファミリーコンピュータでしょうか。ファミコンは、ゲームソフト会社からお金が入る仕組みを含め、プラットフォームを作って成功したといえるでしょう。ロボットでも、仕組み全体を作りたい。
今使っているものの延長上で始めることで、“広がり”を作り出す
――人型ロボットの開発はどこから始めたのでしょうか。
今、最も普及しているコミュニケーションツールはスマートフォンですが、実は5年以上前に、スマホもいずれパソコンや液晶テレビのように成熟して行きづまるだろうと感じていました。
ところで、テクノロジーを普及させるには、普及のためのステップを準備しなければいけないわけです。よく例にあげるのが、お掃除ロボットのルンバです。最初のモデルはおもちゃでした。当時、10万円の本格的なお掃除ロボットを売り出したとしても、誰も買わなかったでしょう。しかし安価なおもちゃとしてクリスマス商戦で売り出せば、冗談で買う人がいます。すると、期待していなかったのに予想に反してきちんと掃除ができる、と評判になったのです。そのタイミングを見て、本格的な10万円近い価格のモデルを発売し、大ヒットしたのです。
これは非常にうまいやり方です。このように、ポイントは普及のステップをデザインできるかどうかなのです。それができなければ、テクノロジーは未来永劫、消費者にとどかないのです。
ロボットにおいても、3年ほど前に手がけたパーツ付き組み立てマガジン『週刊ロビ』はとてもよく売れました。
――その要因はどのあたりにあるのでしょうか。
今までは電気街のロボット専門店に行って、何十万円を一気に支払う必要があった。自分で組み立てられるのか、本当に面白いのか、そんな訳の分からないものに大金を払えない。でもロビは本屋さんで買うことができ、創刊号は790円と安い。じゃあ「数号買ってみて止めてもいいや」と思って手に取る。そして、組み立て始めると、まず最初に頭部が完成する。これも作戦だったのですが、何だか完成させないとかわいそうな気がして続けざるを得なくなる(笑)。
その結果、結局半数近い人が定期購読してくださり、大ヒットしたのです。しかも、今まではコアな男性ファンばかりだったのに、ロビ購入者の4割近くが女性でした。つまり女性をも含めた市場があることが分かったのです。コミュニケーションロボットに200億円の市場があることを証明し、その影響を受けたプロジェクトはたくさんあると思います。モバイル型ロボット電話「RoBoHoN(ロボホン)」もそのひとつでしょう。
――「RoBoHoN(ロボホン)」では何を目指しているのでしょうか。
スマホに代わる新しいコミュニケーション端末です。携帯電話ショップでスマホのような料金プランで購入できる。で、スマホだから持ち歩く。ロボットのような新しいものをいきなり暮らしの中で使えと言われても無理です。そこで、今の暮らしに浸透しているスマホの延長線としてスムーズに導入しようと考えたのです。そしてスマホとして使っているうちに、徐々にロボットならではの機能に気付いてもらおうと考えています。
愛着を持てるロボットの開発で、人の考え方のすべてを記録する
――コミュニケーションや音声認識に注目して開発されています。
スマホの音声認識は機能的には非常に優れているのに、多くの人は使いません。それがスマホのほぼ唯一の欠点です。
なぜ音声認識機能は使われないのでしょうか。それは、スマホが四角い箱だからです。ところが、話しかける相手が犬や猫であれば、さらには金魚やカメだとしても、人は話しかけるわけです。それは相手に命を感じ、愛着があるからです。今までの工業製品で、そうした人の命への愛着を生かしたものはありません。
そこで、人間の感性や感情移入を利用して、愛着心を持てるような製品を作ることができれば、性能やコストの競争とは違う次元での価値が生まれます。愛着心が湧き、たくさん話しかければ、情報が蓄積され、レコメンドが正確になり、より信頼できるようになっていきます。そこでもたくさん新しいサービスが生まれるでしょう。
それが第二段階で、さらに第三段階にいくと、人が立ち止まったら写真を撮ってくれるモードがあって、その写真を見て、ロボットが撮影場所や日時を回想して話す。そうすると、次第にロボットと一緒に旅行にいったような気分になってきます。これは男女の関係と同じで、最初は好奇心から始まって、次に会話が弾んでコミュニケーションが円滑になっていき、信頼が生まれます。そして、最終的には老夫婦のように経験を共有したことが最大の財産だという関係になっていくのです。

――そうした人型ロボットは、人間にとってどういう存在になるのでしょうか。
人間の生活や価値観を変える大きな役割を果たすのではないでしょうか。
例えばおじいちゃんが亡くなった後でも、愛用のロボットはおじいちゃんの言動を再現できる。すると家族はおじいちゃんの分身としてそのロボットを使い続けるでしょう。亡くなった後も社会に影響を与え続けることができるわけで、これは人の一生が拡張されたとも言えるでしょう。ロボットは我々の死生観すら変えてしまうかもしれないのです。
実際には、一人一台へと普及していく中で誰も予想もしていなかったようなサービスが生まれ、暮らしが変化していくでしょう。そんな未来の一部を自分の手で創り出せたらと願いながら、今後もロボット開発に邁進していきたいと思います。
撮影:清水タケシ
監修:株式会社日経BPコンサルティング
記事中の意見・見解はNECフィールディング株式会社のそれとは必ずしも合致するものではありません