CTOが重視されない日本企業
DXは本来、企業の最高技術責任者(CTO)を含む経営陣が経営課題や経営ビジョンとして考えるべきものです。しかし日本企業にはそもそもCTOがいなかったり、いたとしても「いかに安くて安定したシステムを実現するか」を考える役割しか与えられていなかったりします。「ビジネスに最先端のテクノロジーをどう活用するか」を考える人がいないのが根本的な問題です。
日本は、ICTにかける費用はバブル崩壊後の90年代からリーマンショックを経ても横ばいです。一方、米国の先端企業は、新しいアプリや新技術など、「攻め」の姿勢が顕著であり、それによって売上げも上がり、さらにICTに投資をするという「成長のために欠かせない投資」として好循環に入っています。アマゾンの研究開発費は今や年間約3兆円といわれ、日本で最高額であるトヨタの約1兆円の3倍になっています。
シリコンバレーで最先端の企業、例えば、アマゾンやグーグル、そしてこれからも生まれてくるソフトウェアベースのベンチャーなどでは、DXについては昔から話題になることはありません。弊害になっている古いシステムがそもそもなかったり、最先端のシステムを既に導入したりしているからです。また、元々企業の競争優位性の源泉はテクノロジーということを十分理解しているためです。当たり前のように何がデジタルの最適な利用なのかを議論し続け、実装し続けているのです。
つまり、DXが必要だと議論している時点で、相当なハンディキャップを背負っている状態なのです。最先端のテクノロジーを導入し続けている企業とは、かなりの差がついてしまっていると認識する必要があります。対処をせず、放置をしているとその差は拡大していくばかりです。特に、ソフトウェアベースの企業は業種の壁を簡単に乗り越えられるため、思わぬ企業から新規参入されることが多発します。特に、経済産業省が提唱する“2025年の崖”のように、レガシーシステムが足を引っ張り、新規参入に対向できなくなるのが予想できます。
日本のDXを阻害している要因とは
また、DXに一度取り組んだからといってそれで終わるものではありません。最先端の企業と同じスピードでDXに取り組んだとしても、最先端企業はさらに先を行っています。このためDXでは、最先端企業以上のスピードで正しい方向に企業を変化させ続けなければなりません。
これは実際には大変なことです。世界の最先端の取り組みを知っているパートナーと組まなければ、あまり効果のない施策に時間や労力、資金を無駄にする可能性があります。
また、目的化としてデジタル化を行ってはいけません。今、利用可能なテクノロジー、もしくは10年ぐらい先に導入可能なテクノロジーで何を行えば顧客にとって便利になるかを追求し続けた結果がデジタル化なのです。そのためには、どういった状態が理想なのかを考える経営ビジョンが先にこなければなりません。これはアウトソースすることはできず、技術理解が十分にされている経営陣がいなければこのビジョンは描けないのです。
今、日本のDXを阻害しているのは「経営陣における技術理解」と「危機感」です。単に、「DX推進部」を作ったり、外注だけではうまくいかないのは目に見えています。経営陣自身が技術を理解し、ビジネスに織り込んでいく。「第二の創業」ぐらいのつもりでやらなければならなければ、掛け声だけになってしまう可能性が高いでしょう。2020年末に行われた、比較的DXに積極的な企業であっても、ほとんどが部門横断はできていないという調査が出ています。
イノベーションのジレンマへの対処法
日本では、重機のコマツが一時期、競合の米キャタピラーに押されて赤字を出したときがありました。その時に大きな危機感と、テクノロジーを組み合わせたビジョンの必要性を痛感しました。今では、自社のテクノロジーを活用したビジョンを動画でわかりやすく、顧客だけでなく、社内で浸透させています。イラストなどではなく、動画まで作ると、考え抜いたものができるのです。
米国では、リーマンショックで破産申請をしたゼネラルモーターズ(GM)が、強い危機感をもっています。大企業の中で自動運転の波をいち早く察知し、自動運転のベンチャーであるクルーズ社を設立間もない時期に1,000億円を越える額で買収したと報道されています。
自社だけの取り組みでなかなか変われないのであれば、ベンチャー投資を通じて世界のテクノロジーを取り込まなければなりません。なぜなら、技術に国境はなく、国内だけの技術を見ていれば海外で経験を積んだベンチャーに淘汰される可能性があるからです。
「両利きの経営」はスタンフォード大学のチャールズ・A・オライリー教授が提唱している理論ですが、イノベーションのジレンマに対する一つの対処法としていわれています。特に、社内だけで察知できない新しい技術を投資のプロに目利きをしてもらう取組みが重要になってきます。ここで、よくある間違いは、新技術の目利きを自社の研究開発の責任者が兼任することです。せっかくの「自社だけでは見えない動向を取り込む」ための施策が、意味がなくなってしまいます。できれば社長と近すぎず、離れすぎずの独立した目利きが理想です。
社内の改革は一朝一夕には難しいですが、今回の危機を「喉元過ぎれば熱さ忘れる」形にしてはなりません。
今後も新しいテクノロジーは頻出します。その際に、どれが重要で、どれが一過性なのかを経営陣自身が理解しなければなりません。その際におすすめするのが、テクノロジーの流行り言葉のマッピングです。それを現在、10年後、20年後と紙に書いて、どう関係しているかを描いてみてください。
例えば、○○テックといわれる分野は、実は因数分解すると人工知能であるとか、別の技術が関係していることが多いです。今のIoTとユビキタスという概念は意味がある違いなのでしょうか。そしてその根幹になっているテクノロジーは5Gだったりと通信の規格だったりします。10年後にはデジタル通貨や5Gが6Gに、20年後には計算能力に量子コンピュータが入ってくるかもしれません。そうなったときに、何ができて、何ができなさそうかを感触をつかめる経営体制に、今、しなければなりません。
――(前編)DXは業務のデジタル化ではない――