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おとなの歴史再入門

2020年05月20日

濃姫

第6回
謎多き存在だった濃姫

河合 敦=文 Text: Atsushi Kawai
野村 美也子=イラスト Illustration: Miyako Nomura

 明智光秀を主人公にしたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」がスタートしたが、例年より初回放映が2週間も遅れた。信長の正妻である濃姫役の女優が不祥事を起こして降板になり、彼女の登場場面をすべて他の女優で撮り直す必要があったからだ。それだけ今回は、重要な役どころなのだろう。

 濃姫は、美濃の戦国大名・斎藤道三の娘である。道三は、油売りの商人から悪巧みによって土岐氏の家臣に成り上がり、ついには主君の土岐氏を駆逐して、美濃一国を制した梟雄きょうゆうである。その卑怯なやり方から「美濃のまむし」と恐れられた。

 ただし近年は、斎藤道三は父子二代にわたる国盗りの物語を一つにまとめてしまったのではないかと言われている。つまり、油売りの商人から土岐氏の重臣に成り上がったのは父親で、そこから土岐氏を追い払って国主に就いたのが息子というわけだ。

 いずれにせよ、道三の娘として生まれた濃姫は、帰蝶きちょうとも称したというが、濃姫や帰蝶は江戸時代になってからの記録に出てくる名で、彼女の本名や通称は不明だ。また、十四歳(天文てんぶん十七年頃)のときに政略結婚で尾張の信長に嫁いだとされるが、これもまた江戸時代に成立した『美濃国諸旧記』にしか登場しない。

 唯一ともいえる信長とのエピソードは『絵本太閤記』に出てくる逸話である。

 結婚して間もないころ、濃姫は夜中に夫が密かに寝床から抜け出していくことに気が付いた。そこで信長に問いただしたところ、「じつは、自分に内通した道三の家老が謀反の狼煙のろしを上げるのを待っているのだ」と打ち明けた。

 驚いた濃姫は、密かにその事実を実家(斎藤家)に伝えた。すると道三は、即座にその家老を処刑してしまった。だが、これはまったくデタラメで、濃姫はまんまと信長に一杯食わされたのだ。

 現在、弘治こうじ二(一五五六)年に濃姫が斎藤家の菩提寺である常在寺じょうざいじ(岐阜市)に寄進した道三の肖像画が残っている。そのため、この年までは生きていたと思われるが、その後の消息はわからない。

 なお、道三はこの年に亡くなっている。自然死ではなく戦死であった。戦った相手は息子の義龍よしたつだった。道三が義龍を廃嫡して、その弟の孫四郎や喜平次に家督を与えようとしたからだという。濃姫にとっては、兄が父を討ったのだから複雑な気持ちであったろう。

 このとき信長は、義父のためにすぐに援軍を遣わしたが、到着する前に道三は討たれてしまい、やむなく引き返した。死に際して道三は、むこである信長に美濃一国の譲り状を認めたと伝えられる。

 じつは、信長と道三は三年前、対面していた。「聟の信長に会って本当に噂通りのうつけなら、国を奪ってしまおう」と考えた道三が織田家に会談を申し入れたのだという。

 ところが信長は、大量の長槍や鉄砲を所持する大軍を率いて会場の正徳寺を訪れ、立派な正装をして堂々と道三との対面を果たした。これに感激した道三は、「おそらく近い将来、自分の息子たちは信長のもとに膝を屈することになるだろう」と語った。信憑性の高い『信長公記』(太田牛一著)はそのように伝えている。

 だが、それを見届けることなく、道三は息子によって死に追いやられてしまったわけだ。

 信長の長男信忠、次男信雄、長女の徳姫は、いずれも同じ母を持つが、それは濃姫ではない。彼女は信長との間に子をなさなかったようで、三人の母親は別人だった。

 尾張の豪商・生駒家の娘なので、俗に生駒御前と呼ぶことが多い。後世の『武功夜話』には吉乃として登場するが、やはり信憑性の高い記録では彼女の本名はわからない。

 生駒家は、灰や油の商いで富み栄えており、信長は生駒家に出入りするうち、当主家宗の娘である生駒御前と男女の仲になったという。長男信忠が生まれたとき、信長はうれしさのあまり、家臣とともに踊り明かしたと伝えられる。三子をもうけたことから織田家では正室のような扱いを受けていたが、永禄九(一五六六)年に病死したといわれる。

 このほか信長の妻としてきちんと記録が残っているのはお鍋の方である。彼女は近江国の八尾山城主・小倉実燈さねずみの妻だったが、信長に内通した罪で実燈は主君の六角氏に殺害された。そこで信長はお鍋を保護し、いつしか側室にした。その後、お鍋の方は信高、信吉、振姫を生んでいる。

 このほか信長には多くの側室がおり、二十人以上の実子をもうけたが、女性の地位が低い戦国時代、彼女たちの逸話はもちろん、本名すらも残っていないのである。

プロフィール
河合 敦(かわい・あつし)氏

1965年東京都出身。歴史作家・歴史研究家。多摩大学客員教授、早稲田大学講師も務める。テレビ番組『世界一受けたい授業』のスペシャル講師などでも活躍。『変と乱の日本史』『日本史は逆から学べ』(ともに光文社知恵の森文庫)、など著書多数。

【監修:株式会社日経BPコンサルティング】
記事中の意見・見解はNECフィールディング株式会社のそれとは必ずしも合致するものではありません。

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