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おとなの歴史再入門

2019年5月22日

天皇家

第1回
天皇家

河合 敦=文 Text: Atsushi Kawai
野村 美也子=イラスト Illustration: Miyako Nomura

 日本最初の元号は、蘇我氏を滅ぼした後、六四五年に即位した孝徳天皇が「大化」を用いたことに始まる。そして大化六年、長門国(山口県)から白い雉が朝廷に献上されたのを吉兆として、「白雉はくち」に変えたのが改元の最初だ。が、その後しばらく元号は途絶えた。理由はわからない。天武天皇は治世末期(六八六年)に「朱鳥 あかみとり」という元号をたてたが、次の持統天皇は元号を定めなかった。たぶん元号使用の過渡期だったのだろう。

 ただ、七〇一年に制定された大宝律令に「年を記すに年号をもってせよ」と規定され、以後元号は連綿と続き、平成もあわせると二三一(北朝等をのぞく)の元号があるという。
 昔の改元は天皇の代替わりのほか、国家に良い事があったり悪い事が続いたりすると行われた。例えば、武蔵国で銅が発見された七〇八年、元明天皇は「慶雲 けいうん」を「和銅わどう」と改元した。

 地震、台風、疫病などの頻発のために改元がなされることも多かったが、九〇一年の改元は、学者の三善清行が「辛酉(六〇年に一度巡ってくる革命があるとされる年)の年は、変革が多いから以後は必ず改元すべき」と意見し、それが採用されている。予防的措置としての改元は今では考えられないだろう。

 一人の天皇での改元の最高記録は八回。在位三十六年に及んだ室町時代の後花園天皇の治世である。元号は平均して四年に一度改められているのでけっこうな頻度だといえる。平成の三一年間は四番目に長い期間であり、一位は昭和である。

 改元の手続はかなり面倒だ。古代から近世までは、まず天皇が公卿(三位以上の高い地位の貴族)に改元を命じると、公卿は文章博士に伝えて、一人につき数案ずつ元号候補を作成させる。博士たちは、中国の古典のうち佳字(縁起の良い字)を二字選定し、その出典や選定理由を添えて公卿に提出。それらを公卿のなかで論じ合う。この作業を「難陳なんちん」 と呼ぶ。こうして少数に絞った候補を天皇に上奏する。面白いことに、天皇は目を通すものの、自らは選定しない。再度、公卿に最終候補の提出を求め、出来てきたものを新元号とし、詔書をもって公布するのだ。ちなみに、元号は漢字二字だと考えがちだが、 天平感宝てんぴょうかんぽう天平勝宝てんぴょうしょうほう天平宝字てんぴょうほうじ天平神護てんぴょうじんご神護景雲じんごけいうんの五例は四字元号である。

 明治時代になると、一世一元の制が制定され、天皇一代につき、元号は一つとする法令が成立した。ちなみに明治という元号は難陳はせず、越前藩主松平春嶽がいくつか候補を選び、明治天皇がクジを引いて決定したものだという。
 改元に関連して、天皇の話をする。史実の天皇で最も在位が長かったのは昭和天皇の六十二年間。第二位は在位四十六年の明治天皇、第三位は光格天皇の三十七年。逆に短かったのは仲恭天皇。鳥羽上皇が挙兵して承久の乱を起こしたのに連座し、即位してすぐに廃された。安閑天皇と用明天皇も二年だ。

 続いて即位した年齢だが、最年少が二歳の六条天皇と四条天皇である。六条天皇は父の二条天皇の病が篤くなったので、父の強い意向により即位した。四条天皇は鎌倉時代の人物で、十二歳のとき事故で崩御した。史実の最高齢即位は、光仁天皇の六十二歳である。長生きした天皇は、史実では昭和天皇の八十七歳が第一位。二位は八十五歳の誕生日を迎えられた今の天皇陛下。後水尾天皇の八十五歳、八十二歳の陽成天皇と続く。

 報道されているように、今の天皇陛下は、土葬ではなく火葬されることを強く希望されている。もしこれが実現すれば、元和三年(一六一七)の後陽成天皇以来、四百年ぶりのことになる。最初に火葬されたのは八世紀の持統天皇。つまり天皇の火葬は一千三百年以上の歴史を持っているのである。古墳に土葬されるイメージが強い天皇の葬送だが、歴代天皇のうち三分の一が火葬なのだ。中でもユニークなのが平安時代初期の淳和天皇。彼は、自分の遺体は火葬にした後、山中に撒けと指示したのである。
 理由は節約だった。「葬儀に費用をかけるのはもったいない。人は死ねば、その霊は天に昇る。だから墳墓を造っても、そこに住み着くのは鬼であり、それが祟りをなすというから、私の骨は砕いて山に撒いてくれ」と述べたのだ。

 淳和天皇は承和七年(八四〇)に五十五歳で死去した。遺言は実行に移され、遺骨は京都大原野の西山に散骨された。

プロフィール
河合 敦(かわい・あつし)氏

1965年東京都出身。歴史作家・歴史研究家。多摩大学客員教授、早稲田大学講師も務める。テレビ番組『世界一受けたい授業』のスペシャル講師などでも活躍。『変と乱の日本史』『日本史は逆から学べ』(ともに光文社知恵の森文庫)、など著書多数。

【監修:株式会社日経BPコンサルティング】
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この記事は2019年3月26日時点のものです。

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